忘れましょう

すると、ユリカちゃんがタタっと軽やかに小走りで私のデスクに来て挨拶する。

 

今日も、彼女は若くて眩しい…。

 

 

「石原さん、おはようございますっ!金曜はお疲れ様でした?」

 

 

なるほど、飲み会の挨拶か。

 

若いのに、こういうところはキチンとしてるんだよなぁ。

 

 

 

「ユリカちゃんおはよ。こっちこそ、お疲れ様?」

 

 

「あっ。永倉さーん、金曜はごちそうさまでしたぁ」

 

 

席について、カバンをいじっている永倉にも挨拶をする。

 

 

 

ここからの席だと、必然的に永倉の隣にもいる佐伯涼にも声をかけなくてはいけない。

 

 

ユリカちゃんはもう挨拶をしたのか、佐伯涼には声をかけなかった。

 

 

仕方がないので、あたしはこの流れに乗って、佐伯涼にも声をかけることにした。

 

 

「永倉、佐伯さん、金曜はお疲れ!」

 

 

佐伯涼はそんなあたしの声に、ようやくパソコンから顔をあげた。

 

 

 

 

その表情は、まさに今までの通りの佐伯涼で、無表情にパソコン用のメガネ越しにわたしを見つめた。

 

 

そして、

 

 

「石原さん、おはよう。こちらこそ、金曜日はお疲れ様でした」

 

とさらっと言った。

 

 

すげーこいつ、

 

超、普通すぎ!!

 

 

…本当にこの人と私は金曜の夜にエッチしたんだろうか?

 

 

と、疑いたくなるくらいの今まで通りな態度。

 

「ユリカちゃーん。今度のデートの約束はいつにする?」

 

私が混乱していると、隣で永倉がユリカちゃんをいつもの調子でナンパし始めたので、会話が途切れて助かった。

 

 

こういうとき、永倉がいると空気が変わって助かる。

 

 

いつもバカだと思っていたけど、今日だけは佐伯涼の隣にいてくれてありがとう!!と言いたい。

 

 

 

しかし、ユリカちゃんはスルリと永倉をかわす。

 

 

「え??何の話ですかぁ?金曜にそんな約束した覚えありませーん」

 

 

「嘘だろ!?覚えてないの?!」

 

 

「永倉さん、すごく飲んでましたもん?」

 

 

 

永倉が酔っ払っていたことすら、私には記憶がない。

 

 

 

しかし今はこのオフィスで、佐伯涼も聞いているこの場所で、金曜日の話はしてほしくなかった。

 

 

何とか、会話を変えなくては!!

 

 

そう思っていると、オフィスに部長がやってきて、なんとかこの話は終わって、朝礼が始まった。

 

 

た…助かった。

 

 

社内でいろいろあると、本当に気まずいよね。
とりあえず、今日は仕事に集中しよう。

 

そう思ってPCに向かう。

 

 

しかし、悔しいことに、PCをみると嫌でも斜め前のデスクにいる佐伯涼の顔が視界に入ってしまう。

 

 

 

だ…誰か、席替えして!!

 

 

この気まずさ、面倒くささと言ったら最悪すぎだよ。

 

 

 

あんな草食系男子…好きになったわけじゃないけど。

 

 

フラれたわけじゃないし、付き合ってたわけじゃないけど。

 

 

やっぱり、佐伯涼の態度にはどうもしっくり来ない。

 

 

 

 

ーーー

 

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「おい、お前、聞いてんのか?」

 

 

気がつくと、永倉が私のデスクの隣に立っていた。

 

 

「え?あ、ごめん聞いてなかった、なに?」

 

 

私がそう言うと、永倉は呆れたように、お前な?と言った。

 

 

永倉とは普段から仲がいいけど、私の身に起きたことなんて想像もしてないだろうな…。

 

 

自分ばっかりユリカちゃんと楽しんでさ…。

 

 

4人でいたんだから、私と永倉が抜けたとき気づかなかったのかな?

 

どうせこいつのことだから、酔ってほとんど分からなかったんだろうな。

 

 

一夜を過ごした相手が佐伯涼でまだよかったのかも。

 

永倉ともしそうなっていたら…もとが仲がいいだけに、気まずさは今の数百倍だったよね。

 

 

そうだ…

 

佐伯涼はもう「忘れましょう」ってことにしてるんだから、私ばっかりが気にしていても仕方がないよ…。