一夜限りのエッチの1度や2度

 

「じゃ……帰りましょうか」

 

 

そんなことを思いながらぼんやり見ていると、佐伯涼がそう言ってナプキンで口ふく。

 

 

帰りましょうか?

 

 

その言葉に、まだ口に頬張っていたトーストがむせ返りそうになる。

 

 

 

「は…い……』

 

 

「俺、先に帰るね。石原さん、お疲れ様でした」

 

 

サラリと行儀よく頭だけ下げて、ニコリとだけ一瞬笑って席を立った。

 

 

突然のことに私は驚いて言葉が出ない。

 

 

え?え?

 

 

私を置いてかえるのか!?

 

 

 

突然の態度に、私はムッとして佐伯涼を目で追う。

 

 

すると「あ!」と言って佐伯涼が立ち止まる。

 

 

そして何かを思い出したように振り向き、こちらに戻ってきた。

 

 

 

「な・・なに?」

 

 

私がそう言うと、椅子に座る私の目線の高さに合うように、顔を近づける佐伯涼。

 

 

 

顔と顔が接近して、ドキッとした私は慌てて顔を離す。

 

 

 

「な…なによ!?」

 

 

熱くなった顔がバレないように、私は怒り口調で再び尋ねる。
「俺、昨日のこと誰にも言いませんから」

 

 

「え?」

 

 

「じゃ!そういうことで」

 

 

 

そう言って、佐伯涼はまた、口元だけでニコリと一瞬だけ笑って、今度こそ私をおいて、ドトールの店から出て行った。

 

 

 

私はあまりの驚きで言葉も出ない。

 

口に入れていたトーストも飲み込めない…。

 

 

 

昨日のこと誰にも言いません…って、言いふらされたら困るけど。

 

ようするに私にも言うなってこと。

 

 

ていうことはつまり……。

 

 

そんなことを落ち着いて考えるようになって、私はようやく事態を飲み込んだ。

 

 

 

「ようするに……忘れましょうってことか」

 

 

 

27歳、アラサー。

 

 

こんなの、友達内でもたまに聞く話じゃん。

 

 

もう、学生みたいな子供じゃあるまいし。

 

 

一夜限りのエッチの1度や2度ね…。

 

 

1回寝たくらいで、なんだっていうのさ。
その週の休日は、休んだ気がしなかった。

 

 

月曜日。

 

今日は出勤だ。

 

 

やっぱり、同じ職場のオフィスにいるだけに、佐伯涼に会いたくなかった。

 

 

「ふぅ・・」

 

 

オフィスをのぞくと、もうすでに佐伯涼は出社していた。

 

 

いつものように、涼しい顔でパソコンを叩いているのを見つける。

 

 

 

「来てる・・よね・・そりゃあね」

 

 

 

私はオフィスのドアにへばりつき、扉の前から覗いているだけの、明らかに不審者のようだった。

 

 

するとうしろから、背中をバシーーンと叩かれる。

 

 

 

「おはよっす!おまえ、邪魔!朝っぱらから不審者だな?」

 

 

憎たらしい永倉の言葉も、この日だけは何故かホッとした。

 

 

 

 

そして、その流れで永倉のあとに続き、オフィスに入るようにした。

 

 

なるべく自然と席につこう。

 

佐伯涼のほうは見ないようにして・・。

 

 

 

「おはよう!!おはよーっす!」

 

 

永倉が元気良く他の社員にも挨拶をしている。

 

 

あたしはそれに隠れるように、デスクについた